おおいまち消化器外科クリニック

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「品川」の由来と品川区の誕生

「品川」の由来は諸説あるようです。ひとつは、目黒川の別名が品川であったとする説があり、目黒川の河口付近の地域がかつて「品川」と呼ばれていた言われています。また目黒川の河口付近の流れは緩やかであったため、古くから港として使われ品の行き交っていた川であったため、これが「品川」の起源とも言われます。
​品川区ができるまで

1932年(昭和7年)10月1日 東京市に編入され、品川町、大井町、大崎町の3町域をもって(旧)品川区が、荏原町の町域をもって荏原区がそれぞれ誕生。
1947年(昭和22年)3月15日 (旧)品川区と荏原区が合併し、現在の品川区が発足しました。


品川区の歴史

縄文時代~古墳時代

品川区域に人々が暮らし始めたのは、今から6、7千年前の縄文時代早期にさかのぼります。武蔵野台地の東端にあたる品川区には、目黒川・立会川の流域に縄文時代前期から晩期の貝塚遺跡が発見されています。 なかでも大森貝塚は、1877(明治10)年にアメリカの動物学者E・S・モース博士によって発掘調査が行われ、考古学発祥の地として全国的に知られるところとなりました。日本最初の発掘調査報告書「大森介墟古物編」は、日本の考古学研究の指針となりました。区内にはこのほかに、弥生時代や古墳時代以降を含めると24箇所の遺跡が存在します。

品川区では、品川の歴史に関わる貴重な文化財を保護するため、仏像や古文書、石造物などの文化財や遺跡の調査を行ってきました。これらの成果ををもとに、先人からの資料を保存するだけでなく、広く区民の皆さんに紹介するため、1985(昭和60)年に品川歴史館を開館しました。


奈良時代~平安時代

奈良時代から平安時代にはいり、品川区付近には都(みやこ)と国府を結ぶ古代の東海道が通っていたと推定され、大井には中継点としての駅家(うまや)があったと考えられています。この時代から交通の要地となっていたことがうかがえます。

鎌倉時代~室町時代

さらに、鎌倉幕府の御家人大井氏・品河氏によって開発が進められ、南北朝時代には伊勢をはじめ各地から商船が入港する品川湊がにぎわいました。

室町時代に入ると武士や商人が寄進した寺院が軒を連ねるまちがつくられ、人と物資が行き交う武蔵国の表玄関としての地位を獲得しました。

江戸時代

江戸時代の品川は、五街道で最も交通量が多い東海道の最初の宿場として栄えていきました。

品川宿は、江戸四宿のうち唯一海に面した宿場であり、名所や魚介類の名物が多く、風光明媚な地として、四季折々に江戸市中から多くの人々が訪れたのです。

幕末になると、品川台場の築造をはじめ英国公使館焼き討ち事件など歴史の舞台ともなりました。

明治時代~近代

明治になり品川は、いち早く鉄道が敷設され、官営品川硝子製造所が設立されるなど近代工業の先がけとなり、京浜工業地帯の発祥地として発展していきました。

関東大震災以降は一層開発が進み、田畑が宅地や工場へとかわり、私鉄が次々と開業し、区域全体が都市化していきました。

第二次世界大戦の空襲で区域の多くが焼け野原となりながらも、はやばやと戦後の復興を遂げ、近年では、工場跡地などの再開発により新しい街がつくられ、産業や文化の伝統を守るとともに、情報発信都市として世界に大きく羽ばたこうとしています。

引用「品川区ホームページ 歴史と伝統」より




品川区 胃がん内視鏡検診

平成30年より品川区では区民を対象に「胃がん検診」として胃内視鏡検査(胃カメラ)が品川区の助成により受けられるようになりました。
バリウム検査と異なり、内視鏡検査は内視鏡で胃を直接観察する事で、胃の状態や病気の診断に高い効果を発揮します。検査中に疑わしい病変が見つかった場合は、その場で病理組織検査やピロリ菌検査などの精密検査を行う事も可能です。また胃内視鏡検査は、胃ばかりでなく食道や十二指腸の状態も一度に観察できます。

≫品川区胃がん内視鏡検診